遺言書の作成は必要か

遺言の増加

 『遺言』『遺言書』というと、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。

 私が子供だった昭和の時代には、『遺言』とか『遺言書』といえばドラマや物語の中だけの話であって、例えば「病の床で家族全員を前にして自分の人生の重大な秘密を告白する」とか、「財界の大物が孫息子との結婚を条件に莫大な遺産を恩師の孫娘に与える」とか、そのようなドラマチックでスキャンダラスな類のものを思い浮かべていたような記憶があります。当時は自分が幼かったからかも知れませんが、実際の生活の中で遺言書を残している人の話など聞いたことがありませんでした。

 ところが近年、日常の中でも『遺言』に関する話題を耳にする機会が増えているように感じます。テレビの情報番組で話題になっていたり、『終活』の一環としてメディアで紹介されていたり、銀行の窓口などにも『遺言』に関するパンフレットが並んでいたりと、『遺言』は昔に比べて身近なものとなってきているのではないでしょうか。

 司法書士の職業柄、日々ご依頼者様の遺言作成に関わっておりますので、一般の皆様との感覚に隔たりがあるかもしれないとも思い統計を調べてみたところ、実際に遺言書の作成件数はこの30年で確実に増加しているようです。

公正証書遺言件数の推移
2021年度版司法書士白書(148ページ)より抜粋


 2021年度版司法書士白書によると、平成元年に年間4万件だった公正証書遺言の作成件数は、令和元年には11万件を超えるまでに増加しています。また、統計にはありませんでしたが、昭和の時代にはさらに少ない件数であったものと思われますし、令和2年以降にはコロナ禍の影響でそれ以前よりも確実に件数が増えているとの話も聞いております。

 『遺言』の話題が身近になってきた中で、実際に遺言書を作成された方の話を耳にすることもあるのではないでしょうか。

遺言をしたくない理由

 このように『遺言』はかなり一般的にはなってきましたが、そのような中でも、まだまだ遺言書の作成に抵抗を感じる方も数多くいらっしゃいます。昭和の時代のイメージがありますので当然のことではありますが、やはり高齢世代ほど『遺言』に対する抵抗感を持つ方の割合が多いようです。また『遺言』はご自身の死を連想させるものでもありますので、「そんなことは考えたくない」というお気持ちも理解のできるところです。

 遺言の作成に抵抗を感じる世代の方がいる一方で、そのお子様世代には「親御様に遺言書を作成して欲しい」と考える方が増えているようです。各メディアで遺言の重要性や遺言書が残されていなかった場合のリスクなどが報じられていますので、そのような情報を目にしたお子様世代のお気持ちもまた理解のできるところです。

 当事務所でも、親御様がお子様に連れられて遺言の相談にお見えになるという事例が度々見られます。このような事例では、お子様としては是非とも親御様に遺言書を作成して欲しいわけですが、親御様ご自身は頑なに遺言を拒絶するというような展開となったりします。

 遺言をするのは親御様ご自身ですので、いくらお子様が説得したところで、ご本人の気持ちが動かない限り遺言は作成できません。

 ご相談を受ける司法書士としては、親子間の話し合いに参加させていただく形で、双方から色々なお話しをお聞きするわけですが、大抵の場合、親御様が遺言をしたくない理由として口にされるのは次の2つです。

遺言を作成したくない親御様の言い分

  • 自分はまだ死なないので、今は遺言は必要ない。
  • 大きな財産は無いので、遺言をする必要はない。

 司法書士の立場から言わせていただければ、失礼ながら、1も2も誤った考え方であると言わざるを得ません。親御様の2つの言い分に対して冷静に反論をさせていただけば、次のようになります。

司法書士の反論

  • 今は健在だが、明日事故にあって亡くなる可能性もある。いつ亡くなるのか分からない以上、まだ必要ないという先延ばしは意味をなさない。
  • 遺言がないことで相続人に発生するリスクは、財産の多寡とは関係がない。財産が多くても少なくても将来問題が発生する可能性は同じであり、場合によっては財産が少ないほど大きな問題となることもある。

 特に2の反論は重要です。遺言が無かったことで発生しうるリスクの種類は非常に多く、残されたご家族に遺恨を残すことにもなりかねません。色々な具体的事例がありますが、遺言書がないことのリスクについてはまた回を改めてお話しさせていただきます。

 いずれにしても、専門家としては様々なリスクの発生を予想できていますので、遺言を拒絶される親御様にはなんとかご理解をいただきたいと思うわけです。そこで、親御様の「まだ死なない」「財産は無い」の言い分に対しては、上記の反論を(オブラートに包んで)お伝えするようにしています。それでも大抵の場合、親御様のお気持ちが変わることはありません。

 お気持ちが変わらない原因について、お話しを伺う中で常に感じるのは、実は親御様の本心は、口にしている言い分とは違うところにあるのではないかということです。実際のところ、ご本人も「まだ死なないから」「財産が無いから」遺言が要らないと、本心で考えているわけではないようなのです。親御様ご自身としても、理屈の上では、私の反論を十分に理解されていますし、むしろ本心ではご自身でもその通りに考えていらっしゃいます。

 では、遺言をしたくないと考える本当の理由は一体どこにあるのでしょうか。私が感じるのは、どうやら本心は『遺言の話題はタブー』という考え方にあるようなのです。

 遺言は死に関連します。遺言書の作成を考えることは、自身の死を考えることです。死に関することですから、遺言の話はどうしても忌避すべき話題と感じられがちです。冒頭でお話しした昭和の時代の遺言のイメージは、まさに遺言をタブー視する視点と関連するものでした。自身の死をイメージする遺言の話題はタブーである。これこそが遺言をしたくないと思う方の、遺言をしたくない本当の理由であるようです。

遺言書作成のすすめ

 自分の死を考えることがタブーであるという感じ方は、人情としては確かに理解できるところではあります。遺言はご自身の死後の話ですので、「自分には関係のないこと」という言い方だってできるかもしれません。だからといって、本当に自分の死後のことを考えずに済ませてしまってもいいものでしょうか。

 遺言書を作成しなかったことで、後に大きな問題を残す可能性があることは事実です。遺言をしておけば防ぐことができたはずの問題で、残されたご家族が要らぬ争いに巻き込まれるかもしれません。実際に、親の遺言書がなかったばっかりに、仲の良かったはずのご家族に亀裂が生じて仲たがいしてしまったという事例も、職業柄数多く伺っております。

 『争続』という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。相続が原因でご家族間に不和を生じてしまう事例を表現する用語として、メディア等で使用されているようです。『争続』はどのご家族にも起こりうること、決して他人事ではありません。もしも相続が『争続』に発展すれば、残されたご家族の親御様に対する思い出にも傷がついてしまいます。遺言をタブー視して避けてしまっては、せっかく未然に防ぐことができる不要な争いを、大切なご家族に残してしまうことにもなりかねません。『相続』を『争続』にしないためには、何よりも遺言書の作成が有効です。

 遺言は遺言をする人自身の意思がなければ、決して作成することができません。
 遺言書は残される家族への最良の贈り物。
 遺言の作成、今一度冷静に考えてみてはいかがでしょうか。

神宮外苑司法書士事務所は、

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相続を争続にしない

遺言は残される家族への最良の贈り物です。

想いに沿った老後に

もしもの時の財産管理は、家族に任せたい。